繊細で生きづらかった私が
自分を大切にすることで
本当の自分に還るまで
Amazon電子書籍
著者 広谷百音
✼••┈┈┈┈••✼
はじめに
「自分らしく生きたいのに、うまくいかない」
「頑張っているのに、なぜか苦しい」
「本当の私は、どこにいるんだろう」
もし今、そんな思いを心のどこかに抱えているなら、
この本はきっと、あなたのためのものです。
私自身、長い間
”生きづらさ”を抱えながら生きてきました。
人前に出るのが苦手で、
人の表情や声のトーン、空気の変化にすぐ気づいてしまう。
誰かが悲しんでいれば、自分のことのように胸が苦しくなり、
ちょっとした一言で、心が大きく揺れてしまう。
いわゆる「繊細さん」と呼ばれる気質。
今思えば、エンパス体質だったと思います。
でも当時の私は、
それを「弱さ」や「欠点」だとしか思えませんでした。
周りに合わせようと必死になり、
期待に応えようと無理を重ね、
笑顔の裏で、いつも自分を責めていました。
「どうして私は普通にできないんだろう」
「もっと強くならなきゃ」
「変わらなきゃ、認めてもらえない」
そんな言葉が、
頭の中で何度も何度も繰り返されていたのです。
頑張っているはずなのに、
満たされることはなく、
むしろ頑張るほど、
“本当の自分”がわからなくなっていきました。
まるで、自分の人生を生きていないような感覚――
あの頃の私は、
「他人の期待の中で生きる人生」を歩んでいました。
心が限界を迎え、
もう何も信じられない、何も感じたくない。
そんな状態になったとき、
私は初めて立ち止まることになりました。
そしてそのとき、
私の人生を静かに変えていく
大切な気づきに出会ったのです。
それは、
「私に一番足りなかったのは、
自分を大切にするという視点だった」
ということ。
自分を理解する前に、
自分を変えようとする前に、
まず必要だったのは
そのままの自分を否定しないことでした。
そのプロセスの中で出会ったのが、
マヤ暦でした。
マヤ暦は、
「あなたはこうあるべき」というものではなく、
本来持っているリズムや性質を思い出させてくれる道しるべ。
「このままの私で、よかったんだ」
「繊細さにも、ちゃんと意味があったんだ」
そう感じられたことは、
私にとって大きな転機でした。
そこから少しずつ、
自分を責めるのをやめ、
自分をねぎらい、
自分の感覚を信じることを
学んでいきました。
すると不思議なことに、
世界の見え方が変わっていったのです。
人間関係がやわらぎ、
心が少しずつ安心を取り戻し、
「今ここにいる私」でいることが、
怖くなくなっていきました。
今の私は、
セルフラブ×マヤ暦のナビゲーターとして
自分らしく輝くための案内人として、
人生の中で迷ったときに、
本来の自分に還るためのサポートをしています。
でも、特別な人間になったわけではありません。
ただ、
自分を大切にすることを、選び直した
それだけです。
もしあなたが今、
・自分らしさがわからない
・頑張っているのに報われない
・このままでいいのか不安になる
そんな思いを抱えているなら、
どうか知っていてください。
あなたの迷いは、
決して間違いではありません。
自分の心に誠実に生きようとする感覚は、
人生を豊かに生きるための
大切な力でもあります。
この本は、
あなたを変えるためのものではありません。
あなたが、あなた自身に還るための本です。
読み進める中で、
少しでも心が緩み、
「私、このままでいいのかもしれない」
そんな感覚が芽生えたなら、
これ以上嬉しいことはありません。
あなたの中に眠る
やさしさと光に、
そっと出会う時間になりますように。

プロフィール
広谷 百音(ひろやもね)
セルフラブ×マヤ暦 ナビゲーター
自分らしく輝くための案内人
繊細で、感じすぎる気質を持ち、
長年「生きづらさ」を抱えながら生きてきた。
人の感情や空気を敏感に察知し、
無意識に自分を後回しにする癖から、
心身ともに疲れ切っていた過去を持つ。
2015年、スピリチュアルな学びとの出会いをきっかけに、
「自分自身と深く向き合う」旅が始まる。
2017年、マヤ暦と出会い、
自分の本質やリズムを知ることで、
長年の自己否定がほどけていく体験をする。
現在は、
マヤ暦を占いではなく、
自分を思い出すための自己理解ツールとして伝えながら、
セルフラブをベースにした講座や個人セッションを通して、
繊細さや生きづらさを抱えている方が、
安心して本来の自分を生きられるようサポートしている。
主な資格・学び
・マヤ暦鑑定士マスター認定
・マヤ暦学講座修了
・心理セラピスト認定
・HSPカウンセラーアドバンス認定
・ヨガニードラセラピスト認定
・ワンネス瞑想トレーニング修了
・JAAアロマコーディネーター認定
ほか、瞑想・意識の目覚め・自己探求に関する学び多数
特技・趣味
カメラ/書道/テニス/山登り/フラダンス/料理/クラシック音楽鑑賞
著書 『繊細な私が自分らしく輝く人生を手に入れるまで』
(Amazon電子書籍)
明るく元気に見えて、生きづらかった私
繊細さと共に生きてきた日々
私は子どものころ、
周りから「明るくて元気な子」と思われていました。
外で走り回るのが好きで、
木に登ったり、泥だらけになって遊んだり。
好奇心旺盛で、新しいものを見つけると
触れてみずにはいられない子どもでした。
けれど、そんな外からの印象とは裏腹に、
私の内側はとても繊細で、不安定でした。
人の表情や声の変化にすぐ気づいてしまう。
誰かが怒られていると、自分のことのように胸が苦しくなる。
ちょっとした一言を、何日も引きずってしまう。
「どうして私は、こんなに気にしてしまうんだろう」
子どもながらに、
周りとの違いに戸惑っていました。
あるとき、先生に注意されたことが
ずっと心から離れず、
不安な気持ちを友だちに打ち明けたことがあります。
すると返ってきたのは、
「え?まだそんなこと気にしてるの?」
という言葉でした。
その瞬間、
胸の奥がきゅっと締めつけられました。
「こんなことで悩む私は、おかしいのかな」
そう思い始めたことが、
自分を責める癖の始まりだったように思います。
私は、
繊細な自分を気づかれないように、
明るく振る舞うようになりました。
「もっと強くならなきゃ」
「気にしない人にならなきゃ」
そう言い聞かせながら、
本当の気持ちにフタをしていったのです。
家族の中では、
両親は共働きで忙しく、
甘えたい気持ちがあっても
「迷惑をかけてはいけない」と
飲み込むことが多くありました。
寂しさを感じても、
それを言葉にする勇気はありませんでした。
小学生の頃には、いじめも経験しました。
無視や心ない言葉が続く中で、
私はただ耐えることしかできませんでした。
助けを求めることも、
反発することもできず、
「自分さえ我慢すればいい」
そう思い込んでいたのです。
この頃に芽生えた
「私は受け入れられない存在なんだ」
という感覚は、
その後の人生にも深く影響していきました。
中学生になると、
私はテニスに出会います。
厳しい練習に必死に食らいつき、
努力を重ねる中で、
初めて「認められる喜び」を感じました。
けれど同時に、
人前に立つと極度に緊張してしまう
“あがり症”にも悩まされるようになります。
注目されるほど、
期待されるほど、
体が言うことを聞かなくなる。
「どうして私は、ここぞというときに弱いんだろう」
また、自分を責める日々が始まりました。
それでも、
誰かのやさしい一言や応援が、
私を支えてくれることもありました。
結果よりも、
「頑張ったね」と言われたこと。
その一言が、
どれほど心を救ってくれたか、
今でも忘れられません。
高校生になると、
再び人間関係への不安が強まり、
「ここに居場所はあるのだろうか」
そんな思いを抱えながら過ごしていました。
勉強にも意味を見いだせず、
「どうせ私なんて」
という気持ちが、
少しずつ心を覆っていきました。
それでも、
文化祭で仲間と何かを作り上げたとき、
ほんの一瞬ですが、
「つながっている」という感覚を味わうことができました。
短大生になり、
新しい出会いや経験を通して、
少しずつ世界が広がっていきました。
友人たちの言葉や行動に刺激を受け、
「挑戦してもいいんだ」
そう思える瞬間も増えていきました。
けれど、
社会に出ると、
また同じ壁にぶつかります。
人前で話すこと。
評価されること。
失敗が許されない空気。
必死に準備しても、
本番では頭が真っ白になり、
大きな失敗を経験しました。
「もう、こんな自分は嫌だ」
「消えてしまいたい」
そう思うほど、
自分を追い込んでいたのです。
このとき初めて、
私は立ち止まりました。
頑張り続けることでは、
もう前に進めない――
そう気づいたからです。
今振り返って思うのは、
私はずっと
繊細な自分を否定しながら生きてきた
ということ。
感じすぎる自分を責め、
我慢できる自分であろうとし、
本当の声を無視し続けていました。
この章でお伝えしたかったのは、
「私がつらかった」という事実だけではありません。
繊細に生きてきたあなたも、
同じように無理をしてきたのではありませんか?
もし少しでも、
「わかる」と感じるところがあったなら、
それはあなたが弱いからではありません。
それだけ、
人の気持ちを大切にし、
懸命に生きてきた証です。
次の章では、
そんな私がどのようにして
“自分を責める生き方”から
抜け出していったのかを
お話ししていきます。
頑張るほど、私がわからなくなった
他人軸で生きていた理由
私はずっと、「頑張れば、うまくいく」と信じていました。
頑張って結果を出せたら、認めてもらえる。
ちゃんとできたら、居場所ができる。
そう思っていたのです。
でも、繊細な私にとってその“頑張り”は、いつもどこか苦しいものでした。
人の表情や声のトーンに敏感で、
「今、機嫌が悪いかも」
「私、何かしたかな」
そんな小さな変化を拾ってしまう。
本当は気にしなくていいことまで気にして、
空気を読んで、先回りして、
“波風が立たないように”動いてしまう。
気づけば私は、
自分がどう感じているかよりも、
「相手がどう思うか」を優先することが当たり前になっていました。
そしてもうひとつ。
私には強い思い込みがありました。
「役に立たなければ、愛されない」
「迷惑をかけたら、嫌われる」
「弱音を吐いたら、負け」
だから、しんどくても平気なふりをする。
傷ついても笑う。
本当は助けてほしいのに、言えない。
そんなふうに、“明るい私”や“ちゃんとした私”を演じ続けていたのです。
他人の期待に応えようとすればするほど、
私はどんどん自分を見失っていきました。
「私は何が好きなんだろう」
「本当はどうしたいんだろう」
「私は、どんな人生を生きたいんだろう」
答えが出ないまま、
ただ“頑張り方”だけが上手くなっていきました。
頑張ることで生き延びてきた私にとって、
頑張れない自分は、価値がないように感じました。
でも本当は、
頑張り続けることが、私を救ってくれるわけではなかったんです。
むしろその頑張りが、
私を苦しめていたのだと、
ずっと後になってようやく気づくことになります。
次の章では、
そんな私が初めて
“自分の感覚”に戻れる時間に出会ったお話をします。
心を救ってくれた「好き」との出会い
カメラが教えてくれた感覚
失敗の記憶が心にこびりつき、
人と接することが怖くなっていた私を救ってくれたのは、
父が昔使っていた「フルマニュアルの一眼レフカメラ」でした。
カメラを手に取ったとき、
レンズ越しに広がる世界に、私は吸い込まれるように引き込まれました。
絞りやピントを合わせる感覚。
シャッターを巻き上げる感触。
手巻きフィルムの音。
一つひとつの操作が、ただただ新鮮で、楽しかった。
しばらく使い続けるうちに、
「こんなふうに写したい」
「この光を残したい」
そんなふうに、仕上がりを想像しながら撮るワクワク感を味わえるようになりました。
スクールに通い始めた頃は、
初対面の人たちと会うのが怖くて、不安でいっぱいでした。
でも同世代の女性たちが多く参加していて、
「わかる」「私も同じ」
そんな共感が交わされるたびに、少しずつ心がゆるんでいきました。
暗室で、自分の撮った写真がじわっと浮かび上がってくる瞬間。
あの感動は、今でも忘れられません。
「こんなにも楽しいことがあるんだ」
そう思えたことが、私の中の光でした。
気づけば私は、
毎週のようにカメラを首から下げて撮影に出かけるようになっていました。
不安や葛藤の多い日々の中で、
カメラを通じて自分の世界に没頭できる時間は、
ほんの少しだけ、私に自信をくれました。
そして、カメラをきっかけに
「興味があることには挑戦してみよう」と思えるようにもなりました。
イタリア語教室、ホームページ作り、ダイビング、山登り、社交ダンス、フラダンス…。
合うものも合わないものもあったけれど、
挑戦することで、世界が確かに広がっていきました。
あるとき姉に、こう言われたことがあります。
「好きなことに夢中になっているとき、百音はいつもイキイキしてるね」
その言葉で私は、はっとしました。
私はずっと、
“誰かに合わせる自分”を生きてきた。
でも、好きなことをしているときだけは、
無理をしていない。演じていない。
ただ自分の感覚で、世界とつながっている。
カメラは、私に教えてくれたのです。
「私には、私の心地よさがある」ということを。
けれど――
人生がこのまま穏やかに整っていくかというと、
そうではありませんでした。
次の章では、
私がもう一度、深いところで限界を迎えたお話をします。
もう限界…そこから始まった問い
社会人生活と心の崩壊
システム会社を退職したあと、
私はしばらく心と体を休ませる時間をとりました。
少し元気を取り戻した私は、新しい職場に就職し、結婚も決まり、
「やっと人生が落ち着くかもしれない」
そう思っていました。
けれど――
どれだけ環境が変わっても、
苦しんでいる“自分の内側”までは変わっていませんでした。
私は恋愛でも、いつも不安でした。
「本当に愛されているのかな?」
「どう思われているんだろう?」
頭の中はぐるぐるして、
安心できない。
それでも、当時の夫には
ようやく素直な気持ちを伝えられた気がして、
「この結婚で幸せになれる」と信じていました。
でも現実は違いました。
なぜか心が満たされない。
さみしさが募る。
そして私は、無意識に自分を追い込んでいきました。
「完璧な妻でいなければ」
「家事は女性がするもの」
そんな思い込みを握りしめて、
共働きなのに、ひとりで背負い込んでいました。
そんな中で、
次第に、夫との間に
信頼が保てなくなる出来事が起こりました。
私の努力や我慢だけでは、
どれだけ向き合おうとしても
どうにもならない現実があったのです。
少しずつ、心がすり減っていって――
3年で限界を迎え、離婚。
そのときの私は、
「私は失敗者だ」
「愛される資格なんてない」
そんな思いで胸がいっぱいでした。
誰にも本音を話せず、
心にフタをして、殻に閉じこもるようになっていきました。
それでも不思議なことに、
私の中にはずっと
「誰かの役に立ちたい」という想いが消えずに残っていました。
結婚に失敗した分、仕事だけでも認められたい。
そう思って私は転職し、また全力で頑張りました。
新しい職場では、デスクワークだけでなく、
接客や商談、企画開発、出張まで。
毎日がプレッシャーと緊張の連続でした。
苦手な会議では、過去のトラウマがフラッシュバックし、
声が震え、体がこわばることもありました。
それでも唯一、
「楽しい!」と感じられたのが企画開発の仕事でした。
自由な発想でアイデアを形にしていく時間は、
私の中の“創造性”が息を吹き返す瞬間でした。
「これなら自分にもできるかもしれない」
そんなふうに、ほんの少しだけ自信が芽生えたのです。
けれど、心の根っこにはずっと
「人の何倍も努力しないと、認めてもらえない」
という思い込みがこびりついたまま。
誰にも頼れず、残業も休日出勤も当たり前。
無理を重ねながら働き続け、
私は昇進し、手がけた商品が全国展開され、表彰までされました。
それでも――
心は満たされませんでした。
結果を出しても出しても、
「まだ足りない」
「もっと頑張らなきゃ」
焦りと自己否定が止まらなかったのです。
さらに、上司からの威圧的な言動や、境界線を踏み越えるような行為が重なり、
私にとって職場は「恐怖」の場所になっていきました。
誰に相談しても状況は変わらず、
ストレスは溜まる一方。
そしてついに、
12年間勤めた会社を退職する決断をしました。
その後の1年間、私は抜け殻でした。
朝が来たら起きて、暗くなったら寝るだけ。
人間関係も、恋愛も、結婚も、仕事も…
すべてがうまくいかない。
「私の人生、何をやってもうまくいかない」
「もう、頑張れない」
ベッドの中で泣きながら、ただうずくまるしかありませんでした。
――限界。
心の中でそう呟いたあの瞬間、
何かが静かに崩れていきました。
でも。
あのときからです。
私の人生に、少しずつ光が差し始めたのは。
次の章では、
その光の入り口になった「出会い」についてお話しします。
本当の私を思い出すきっかけ
マヤ暦との出会い
心がズタズタで、
何も信じられなかった私を救ってくれたのは、
「自分の内側に意識を向ける」という学びでした。
外側を整えようとするのではなく、
“私の内側”を知っていくこと。
その流れの中で、偶然出会ったのがマヤ暦でした。
最初に惹かれたのは、
それが「当てるもの」でも「正しさを押しつけるもの」でもなく、
本来の自分のリズムを思い出すための学びだったからです。
学びを深めていくうちに、
私は少しずつ、自分のことが理解できるようになっていきました。
「私は何をするために生まれてきたのか」
「どんな性質を持っているのか」
「どういうときにエネルギーが満ちて、どういうときに消耗するのか」
それらが言葉になっていったとき、
胸の中にすっと光が差し込むような感覚がありました。
「私は間違っていなかった」
「この繊細さにも、意味があったんだ」
それは、私にとって
“救い”というより、
“安心”でした。
ただ、ここで大切なことがあります。
マヤ暦が私を変えたのではありません。
マヤ暦が教えてくれたのは、
変わらなくていい私、
そして
大切にするべき私の存在でした。
だから私は、学びを進めるほどに
「自分を責める生き方」から少しずつ離れていきました。
人と比べる癖がやわらぎ、
「私には私の道がある」と
思えるようになっていったのです。
特別な力を得たわけではありません。
ただ、自分らしさを取り戻していく中で、
世界の見え方が、
静かに変わり始めました。
そしてもうひとつ、
私の内側で、確かに芽生えた変化がありました。
「私は愛されている」
そう、無理なく感じられるようになったこと。
外側に答えを探し続けていた私が、
自分の内側に安心を育て始めたことで、
人との距離感や関係性も、
少しずつ変わっていきました。
けれど、この変化は
ある日突然、起きたものではありません。
自分を大切にすることを学び、
人生と誠実に向き合うという選択を、
何度も、何度も、
重ねてきた結果でした。
その道のりの中で、
私は多くの学びと出会い、
大きな決断もしてきました。
次の章では、
人生が本当に動き出した理由――
自分をあきらめなかった選択と、
その積み重ねについて、
お話ししたいと思います。
人生が動き出した本当の理由
自分をあきらめなかった選択と、
学びの積み重ね
ただ、自分らしさを思い出していっただけで、
世界の見え方が、少しずつ変わっていきました。
理想のパートナーと出会い、
心から安心できる関係を築けたのも、
まず自分とのつながりを深めたことが始まりでした。
心が穏やかになるにつれ、
人との距離感や人間関係も変わっていきました。
無理に合わせたり、我慢を重ねたりすることが減り、
気づけば、私を苦しめていた環境や関係性は、
自然と離れていったのです。
かつての私は、
仕事に追われ、心も体もすり減らしていました。
小さなミスに落ち込み、
厳しい言葉に傷つき、
「私が悪いんだ」と自分を責め続けていました。
「このままで、本当にいいの?」
その問いに気づいた瞬間から、
少しずつ、運命の歯車が動き始めました。
自分らしい人生を、諦めたくない。
その想いだけが、
私を前へ進ませてくれました。
心理学、スピリチュアル、自己理解。
たくさんの時間とエネルギーをかけて、
私は自分自身と向き合い続けました。
国内外での学び、資格の取得、
インドでの学びの中でも、
深い気づきを得ることができました。
これまで自己成長のために費やした自己投資は、
気づけば1000万円を超えていました。
けれど今は、はっきりと言えます。
それ以上の価値があるほど、
心の安らぎや、自分とのつながりは、
かけがえのないものになったのだと。
数ある学びの中でも、
マヤ暦との出会いは特別でした。
初めて学んだとき、
知識を得るというよりも、
心の奥で
「本来の自分を思い出していく」
そんな感覚があったのです。
今ではマヤ暦は、
私にとって人生の軸。
自分を愛し、使命を生きるための、
すべての土台になっています。
変化していく自分を感じながら、
「私のように悩んでいる人の力になりたい」
そう思うようになりました。
初めてお仕事をいただいた日のことは、
今でも鮮明に覚えています。
胸の奥からあふれる感謝に、
涙が止まりませんでした。
そして気づいたのです。
自分と深くつながることで、
人生はちゃんと流れ出すのだと。
うまくいかない時期も、
立ち止まりたくなる日もありました。
それでも、自分を信じて歩みを止めなかったからこそ、
導きやシンクロニシティが、
少しずつ増えていきました。
今、私は、
かつて夢見ていた人生を、
現実として生きています。
人とのつながり、
愛や感謝の循環の中で、
本当の幸せが育っていくのを、
心から実感しています。
けれど、この変化の根底には、
あるひとつの大切な選択がありました。
それが、
「自分を大切にする」という生き方です。
自分を大切にするという選択
セルフラブが人生を変え始めた
私は長い間、
自分を大切にすることの意味が、
よくわかりませんでした。
「自分を大切にする」とは、
わがままになることなのか。
甘えることなのか。
それとも、頑張ることをやめることなのか。
そんなふうに感じて、
どこか怖ささえあったのです。
けれど今なら、
はっきりとわかります。
自分を大切にするという選択は、
何かを手放すことではなく、
本当の自分に戻っていくことだったのだと。
自分の心の声を無視しない。
自分の感情を否定しない。
疲れたら休むと決める。
嫌なものを嫌と言っていいと許す。
小さな小さな選択の積み重ねでした。
繊細な人は、
人を大切にできる人です。
だからこそ、
人を大切にするのと同じくらい、
自分にもやさしくする必要がある。
私はその当たり前のことが、できていませんでした。
誰かの期待に応え続け、
「もっと頑張れ」と自分に鞭を打ち、
限界を超えても止まれなかった。
でもある日、ふと思ったのです。
“私は、いちばん近くにいる私を
ずっと置き去りにしてきたんじゃないか” と。
そこから私は、
「自分を抱きしめるように生きる」ことを始めました。
失敗しても責めない。
うまくできない日があっても否定しない。
心がざわついたら、理由を聞いてあげる。
安心できる選択を優先する。
そうやって少しずつ、
自分との関係を結び直していったのです。
すると、人生が変わり始めました。
外側を変えようと必死だった頃より、
ずっと自然に、穏やかに。
無理をして合わせる人間関係が減り、
必要なご縁が残っていく。
心の奥に、安心が育っていく。
そして気づいたのです。
人生が動き出すのは、
“自分を大切にする”と決めた瞬間からだと。
今の私は、
マヤ暦×セルフラブを通して
同じように繊細さや生きづらさを抱えてきた方が、
「本当の自分」に還っていくお手伝いをしています。
何かを“足す”ことで変わるのではなく、
本来の自分を“思い出す”ことで、人生は整っていく。
そう信じています。

おわりに
あなたへ伝えたいこと
この本を手に取り、
最後まで読んでくださったあなたへ。
本当に、心からありがとうございます。
かつての私は、
夢は叶わないものだと思っていました。
人生は我慢の連続で、
何かを犠牲にしないと願いは叶わない。
そんなふうに信じて、
無理をして生きていたように思います。
でも、どんなに遠回りをしても、
諦めきれない気持ちがありました。
「本当は、私も幸せになりたい」
「本当は、私も自分らしく生きたい」
その声に気づけたことが、
すべての始まりだったのだと思います。
もしあなたが今、
自分に厳しくしすぎていたり、
無理をして頑張りすぎているなら――
どうか知っていてください。
あなたは、弱いから苦しいのではありません。
あなたは、感じ取る力があるからこそ、
ここまで無理をしてきただけかもしれません。
本当は、
あなたの中にはすでに
必要なものは全部あります。
必要なのは、
自分とつながり直すこと。
そして、
自分を大切にする選択を重ねていくこと。
「本当の自分」に戻るほどに、
人生は大きく開いていきます。
この本が、
あなたが自分らしく輝くための
小さな道しるべになっていたら嬉しいです。
私はこれからも、
案内人として、
繊細で、感じすぎて、
生きづらさを抱えてきた人が、
安心して自分の人生を歩いていけるように
心からサポートしていきたいと思っています。
あなたが、あなたらしい光を取り戻し、
これからの人生を
やさしさと喜びで満たして生きていけますように。
愛と感謝を込めて
広谷 百音
